29.戦艦紀伊竣工!
紀伊(111号艦 ヒトヒトヒト号艦)・・・佐世保海軍工廠
起工 昭和14年(1940) 10月 3日
進水 昭和16年(1942) 12月18日
竣工 昭和18年(1944) 3月15日(呉工廠)
基準排水量63,000㌧ 満載排水量71,000㌧ 全長263m 全幅38.7m 吃水10.4m
機関:艦本式ギアードタービン4基 15万馬力 4軸 速力29㌩ 16㌩にて8,000浬
兵装 45口径46㎝3連装砲×3基(9門)
65口径10.5㎝連装高角砲×8基(16門)
戊式40㎜連装機関砲×20基(40門)
25㎜3連装機銃×28基(84門)
第三刊のトップを飾るのはこの艦しかないと思い十分な用意をしたつもりだったのですが、発表直前になって平面図の不備に気付き、急きょ重巡雲仙と差し換えることになり少し発表が遅れました。昨年12月半ばに“第2次大戦のアメリカの軍艦”が世界の艦船より刊行され、それを見ると米海軍では1943(昭和18年)には砲の種類に対応して、それぞれに射撃指揮レーダーアンテナが付くのが当たり前になっていることが分かりました。最新型戦艦である本艦も当然これに対応し、射撃指揮装置にアンテナを取り付けなくちゃ駄目だなと思い、これの開発を開始しました。技術が日進月歩の速さで進むことは仮想艦隊の世界でも同じで、急遽それらの装置を作図し取り付けました。始めは砲の数だけ付けるつもりでいまして、機関砲まで入れると数が非常に多くなってしまう。アンテナが林立し吉原の花魁みたいになり、こりゃ何かおかしいぞとミズリーを見直したら、各砲を代表して電波を拾いやすい良い場所にある射撃指揮装置にアンテナが装備されており、他はそれに連動していると判断しました。この図は大和、武蔵、信濃を含めて大和型が電子機器を搭載したらこのようになるであろうという形を示したものと考えて下さい。(なんかエラそう!)13号や22号を搭載している本来の姿からは乖離してしまいますが、時代に連れて装備や兵器を増設したらこんな形になるのではないかと思います。
紀伊は大和型の4番艦として佐世保工廠のドックで昭和14年10月3日起工され、昭和16年12月18日進水しました。同年末、呉工廠に回航されそこで艤装工事が開始され昭和18年3月15日に竣工しました。当初呉で1番艦大和の竣工を待って建造される予定でしたが、それでは対米戦に間に合わないと予測され完成を急ぐということで、佐世保のドックで起工され進水までを佐世保工廠が、完成までを呉工廠でといった変わった建造経緯を持った艦です。空母龍驤などと同じような経緯です。史実では“紀伊”は開戦とほぼ同時に建造中止が決まり直ぐに解体された艦で、艦名も“111号艦”のみで“紀伊”と決まっていたわけではありません。が、本稿ではアメリカがモンタナ型を大和に対抗して建造するとの情報がもたらされたので、建造が続行されることになりました。また、進水まで済んでしまっており、完成した方が速いという状況であったことも事実です。これは“信濃”も同じでした。
信濃同様、完成を急ぐため電気溶接を広範囲で使うなど工事は急ピッチで進められました。建造中に対空砲の増設は必要条件になっていましたので、15.5㎝3連装砲の搭載は止め、その跡に新型の65口径10㎝連装高角砲1基と40㎜連装機関砲を左右に従える形で装備しました。高角砲を2基装備することも考えてみましたが、3~5000mの前方空域に対する防御も必要なのでこの組み合わせになりました。“信濃”との相違点は側面の10.5cm連装高角砲を新しいスポンソンに搭載し本来のスポンソンには40㎜を置いたことです。信濃と逆です。
なぜこうなったのかは言うまでもありませんが10㎝連装高角砲の生産が間に合わなかったからということが第1の理由です。砲の配置については攻撃のため3000~4000m肉薄してきた敵機に照準を合わせる時に、頭の上で10㎝高角砲を発射されたら砲員は集中できないだろうと考えたからですが考え過ぎですかね?信濃と同様砲楯だけの25㎜機関砲は搭載しないという原則は守っています。
信濃は船体の前半部の乾舷が大和より少し高くなり、大和ほど一番主砲が低い位置にあることが強調されないという話を聞きましたが、大和を作った呉海軍工廠が全て治具などそろっているのに“紀伊”に対してそういった改修をするか疑問を抱きました。竣工を急ぐならそのまま作った方が早く完成するはずですから・・・。でも今回は佐世保で起工・進水したことだし、前半部の乾舷も艦尾も完全に“信濃”の姉妹艦として建造されたことにしました。艦政本部は新たに要求した機能は以下の物語になります。
紀伊は竣工後、信濃とともに第1艦隊第1戦隊を構成することになるが、射撃指揮装置が同一機能であり、通信で連結が可能になったため、両艦の主砲は連動していた。つまり、海戦において両艦はどちらかが先に敵艦を夾狭したら射撃指揮装置を連動させ、両艦の46cm3連装主砲18門を1隻の敵艦に集中することが出来たのだ。18発の46cm砲弾が敵艦目指して発射され、一度に数発が命中する様はわが方の部隊をも戦慄させるほどの迫力があった。大和型は射撃指揮装置の同一化によってこの砲撃が可能になった。しかし、4隻が縦陣になった場合には先導艦と後尾艦の距離が長すぎるためできなかった。2隻が限度であった。大和型4隻はどの艦とでもこのジョイントが可能であったが先述したように二艦の主砲が連動したときが最も効率がよかった。
戦艦紀伊は最新鋭艦であるが連合艦隊という組織がなくなったためその旗艦になることはなかったが、その高速力ゆえに機動部隊に随伴することは可能であり、大和、武蔵以上の機動力を備えていた。機動部隊からは充実した防空銃器を頼りにされており、何よりも戦艦が護衛にあたるという安心感を彼らに与えた意義は大きかった。
※紀伊の完成によって戦艦は全て登場しました。海戦をさせたいのですが私の文章力では書けません。何とかなりませんか?