68.駆逐艦“潮Ⅰ型、Ⅱ型”の変遷

図1 ミサイル駆逐艦 “潮Ⅱ型”


 

山雲39号艦 浦賀船渠 昭和18年(1943) 12.05竣工 昭和31年(1956) 5月改造
峯雲40 石川島 02.22竣工 8月改造
叢雲(むらくも)41 藤永田 12.27竣工 9月改造
青雲42 横浜船渠 昭和19年(1944) 01.07竣工 昭和32年(1957) 1月改造
秋雲43 舞鶴 01.10竣工 4月改造
夏雲44 浦賀船渠 01.19竣工 7月改造
春雲45 石川島 01.27竣工 9月改造
吊雲(つるくも)46 藤永田 01.30竣工 10月改造
綿雲47 横浜船渠 02.08竣工 12月改造
沖雲48 舞鶴 02.11竣工 昭和33年(1958) 2月改造
笠雲49 藤永田 02.15竣工 3月改造
八重雲50 浦賀船渠 02.20竣工 4月改造

【要 目】
      基準排水量2,430㌧  満載排水量3,280㌧
      全長121.8m × 幅11.2m × 吃水4.3m
      艦本式ギアードタービン2基2軸  出力6万馬力  最高速力35㌩
      重油600㌧  航続距離18㌩で4,500浬
【装 備】
      56式翔炎ミサイル連装発射機 × 1基(弾体28機)
      12.7㎝自動砲 × 1基    40㎜連装高角砲 × 4基
      30式短魚雷落射機 × 4基  35式対潜6連装墳進爆雷砲 × 1基

 駆逐艦三日月を実験艦として昭和28年(1953)対空ミサイルの発射に成功した海軍であったが、三日月から発射したミサイル翔炎53型は全長が6m強ある誘導弾で駆逐艦では船体が小さく無理があった。米海軍もタロス・テリア・ターターと3種類のミサイルを開発していたが、タロス・テリアは大型であり駆逐艦に搭載することをあきらめ、小型艦用ミサイルとしてターターが実用化され、後のスタンダードにまで発展して現在に至っている。日本海軍のミサイル開発はとにかくミサイルを艦船から発射し、ジェット戦闘機を撃墜できることを実証することから始まった。実験駆逐艦“三日月”での実験開始がそれであった。当時、ソ連航空機の脅威がかなり増大してきており、海軍はその脅威に対抗するミサイルを必要としていた。米海軍のように核弾頭の運搬手段としての機能は求めなかった。なお米海軍は1955年テリアミサイル14発を搭載したギアリング級駆逐艦ジャイアットを改造したが62年には通常型に戻している。やはり、テリアは大きすぎたということであり、駆逐艦を核運搬手段に使うことには無理があった。
 実験駆逐艦“三日月”の搭載したミサイルは翔炎53型として受領されたが海軍は小型化を要求した。さらに射撃誘導装置もより小型化、軽量化が求められ、昭和31年(1956)には翔炎56型(全長4.75m×翼径1.186m、重量575㎏ 速度M1.8)まで小型化する見込みが付き、機材も所定の小型軽量化を実現できた。そこで昭和30年(1955)より“潮Ⅱ”の各艦を対空駆逐艦に改造し3航空戦隊にそれぞれ配備することとなった。この時海軍は防空火器のミサイル化を急いでいた。 主な改造項目は艦橋の後部が延長され、射撃式装置の近代化及びCIC関連のスペース拡大を図った。また、レーダー機器の新型化も行われた。その他、舷側の消磁コイルの撤去、細かな点ではH型の炊事室用煙突の改善、エンジンの吸気口の改造、後部マストの新設とその上にレーダーを新設したことなどが外見上の変化である。
 潮Ⅱ型は2番砲の製造が間に合わなかったためそこに40㎜連装機関砲を斜めに2基増加した姿で完成したが、これが改造が容易であり、費用も安いという利点となった。この改造は米海軍のFRAMIに匹敵する大工事であったがSAM搭載駆逐艦を12隻確保でき、航空戦隊の防空能力を対ジェット戦闘機に対応できる水準で維持できることになった。なお、予定する有効艦齢の延長は8年であった。

【翔炎56型 73,83型も同じ】 


 全長4.75m × 径0.35m  翼径1.186m 重量600㎏
射程30㎞  射高19,900m  速度 M1.8  セミアクティブホーミング

【翔炎53型】 


 全長6.11m × 径0.36m  翼径1.2m  重量780㎏
射程20㎞  射高16,000m  速度 M1.6 セミアクティブホーミング

【テリア】 
全長8ⅿ(RIM2D 8.25ⅿ)× 径0.34ⅿ 翼径1.2ⅿ 重量825㎏
射程19~37㎞  射高12,200ⅿ 速度 M1.8  セミアクティブホーミング

【RIM-24B(ターター)】 
全長4.72m × 径0.34m  翼径1.07m   重量594㎏
射程32.4㎞  射高19,810m 速度 M1.8  セミアクティブホーミング

 上記は最初に開発された米海軍と我が海軍の対空用ミサイルの比較図である。双方ともあまり大きな違いはないが、似たような経過をたどっていることが分かる。つまり最初は大型のものを小型化するという開発であった。この翔炎ミサイルも56型から63→73→83へと発達して行ったが、安定した稼働を維持するようになったのは63型からであり7年の試用・改修期間を要した。更に翔炎83型はやがてスタンダードミサイルと共同開発になるがそれは21世紀になってからである。

【30式短魚雷】 


射出機:全長330mm 径450mm 重量340㎏ 射程9㎞ 炸薬45㎏
速度40㌩  アクティブホーミング誘導   機関:電動式 対潜用の短魚雷で1955年から正式採用されたもの。この時点では落射装置で発射されているが、この後俵積式の3連装発射機が制作され現在まで改良が繰り返されながら使われている。

【35式6連装対潜墳進爆雷射出機】 


長さ3.6m 幅3.02m 高さ2.66m 重さ1,970kg 径250mm × 6門
本体 径250mm×750mm 炸薬35kg 射程距離0.5~3km
爆雷の飛翔装置である。着弾時は径50mほどの円形になって着弾する。半自動給弾であり2発射/分が可能である。


図2 駆逐艦 “潮Ⅱ型” 原型


  【要 目】
      基準排水量2,300㌧ 満載排水量3,100㌧  全長121.8m
      幅11.2m  吃水4.3m  艦本式ギアードタービン2基2軸
      出力6万馬力  最高速力35㌩ 重油600㌧  航続距離18㌩で4,500浬
 【兵 装】
      10.5cm連装両用砲×2基(4門)   戊式40mm連装機関砲×8基(16門)
      新25㎜3連装機銃×1基(3門)    25mm単裝機銃は8基(8門)
      零式15㎝16連装対潜噴進砲×1基  ※噴進弾320/砲(20回分)
      注:対空機銃や艦隊内無線などの発達によるアンテナ類が多くなっている。

 上図は潮Ⅱ型の原型である。前述したように2番主砲がなく40㎜連装機関砲が斜めに2基搭載されている。これは両弦に射界を得るためであったが65口径10.5㎝連装両用砲に製造が間に合わなかったことが根本の原因である。しかし実戦ではこの用法が功を期して、後部から攻撃してきた敵機を撃墜することが多かった。


図3 対潜型に特化した“潮Ⅰ型” 対潜駆逐艦


 

潮01 舞鶴 昭和18年(1943) 01.15竣工 昭和32年(1957) 改造
夏潮02 藤永田 01.20竣工 11改造
夕潮03 浦賀船渠 戦沈
早潮04 舞鶴 昭和18年(1943) 01.29竣工 昭和32年(1957) 12改造
渦潮(うずしお)05 藤永田 02.05竣工 12改造
巻潮06 浦賀船渠 02.18竣工 昭和33年(1958) 02改造
春潮07 神戸川崎 03.03竣工 04改造
八重潮08 舞鶴 03.11竣工 05改造
灘潮09 横浜船渠 03.18竣工 03改造
朝潮10 石川島 04.05竣工 06改造
黒潮13 藤永田 05.03竣工 09改造
秋潮14 舞鶴 05.11竣工 11改造
冬潮15 浦賀船渠 05.22竣工 10改造
鳴潮(なるしお)16 石川島 06.13竣工 昭和34年(1959) 01改造
高潮17 横浜船渠 06.19竣工 02改造
瀬戸潮18 神戸川崎 戦沈
望潮(もちしお)19 藤永田 昭和18年(1943) 07.07竣工 昭和34年(1959) 05改造
沖潮20 舞鶴 07.14竣工 07改造
玉潮21 浦賀船渠 07.21竣工 07改造
濱潮22 石川島 08.05竣工 08改造
時潮23 横浜船渠 08.14竣工 09改造
幸潮24 舞鶴 08.21竣工 10改造
引潮25 佐世保 戦沈
朧(おぼろ)26 浦賀船渠 昭和18年(1943) 09.18竣工 昭和35年(1960) 01改造
荒潮27 横浜船渠 09.28竣工 03改造
親潮28 藤永田 10.05竣工 05改造
磯潮29 石川島 10.18竣工 07改造
上潮(あげしお)30 舞鶴 戦沈
天潮(あましお)31 浦賀船渠 昭和18年(1943) 11.03竣工 昭和35年(1960) 10改造
伊勢潮(いせしお)32 舞鶴 戦沈
永潮(ながしお)33 神戸川崎 戦沈
青潮(あおしお)34 佐世保 戦沈
雪潮35 石川島 昭和18年(1943) 11.20竣工 昭和35年(1960) 11改造
有明36 舞鶴 11.26竣工 12改造
夕暮37 神戸川崎 12.04竣工 昭和36年(1961) 01改造
※11、12は建造中止

【要 目】
      基準排水量2,430㌧       満載排水量3,280㌧
      全長121.8m  ×  幅11.2m  ×  吃水4.3m
      艦本式ギアードタービン2基2軸  出力6万馬力   最高速力35㌩
      重油600㌧  航続距離18㌩で4,500浬
【装 備】
      98式65口径10.5㎝連装両用砲 × 2基  40㎜連装機関砲 × 2基
      30式対潜短魚雷落射機 × 4基  31式6連装対潜爆雷墳進砲 × 1基
      35式6連装対潜魚雷発射装置 × 1基

 上図は“潮Ⅰ型”が戦後対潜駆逐艦改造された姿である。戦後、艦隊型の駆逐艦は不要になり、職務が対潜か対空に限られてきた。前述した“Ⅱ型” 12隻は対空型に改造され対空ミサイル搭載艦になり、Ⅲ型30隻は対潜用魚雷を搭載して対潜型になった。Ⅰ型は沈没艦が7隻と被害にあった艦が多いがそれだけ第一線で働いた証拠といえる。
   海軍は1950年代初頭から急増するソ連潜水艦への防備を考慮し対潜用の火器の開発にかかってきたが50年代末期にようやく各種兵器が完成の見込みが立ち改造にかかった。火器の完成を待っての改造工事だったので工事は計画的に進みわずか3.5年で全艦終了した。 この中でⅠ型は飛翔する対潜魚雷で敵潜水艦の撃沈をもくろむものでASROKの先駆けであった。35式6連装対潜魚雷発射装置がそれであるが、改造完成には間に合わない艦もあり、装備が終了したのは昭和35年(1960)になってからであった。就役後は3艦隊に10隻ずつ配分され航空戦隊の護衛に付き活躍した。

 さて、主砲だけ5吋55口径自動砲を備えた“浮雲”以下Ⅲ型20隻はどうなったのであろうか?これは今回が長くなり過ぎたので次回以降に回したいのでどうぞよろしく。