67.戦略ミサイル実験潜水艦“伊-414”
図1 潜水艦伊-410(ミサイル4基搭載型)
【要 目】
基準排水量3,150㌧ 常備排水量4,723㌧ 潜航時排水量5,560㌧
全長122m × 全幅12ⅿ × 吃水7.15m
機関:艦本式22号ディーゼル改(日野)×2基 主電動機(東芝) × 2基 蓄電池 420基
出力:15,000hp(水上)/3,200hp(水中) 速力21.7㌩(水上)/7.5㌩(水中)
燃料1,350㌧ 航続距離:31,000浬(14㌩時)
大戦中、戦略潜水艦として米東岸の造船所や終戦間際のハワイ攻略などに活躍した伊-400型は昭和28年(1953)になるとそれまで搭載していた“桜花43型”誘導弾を下ろし、新たに陸軍が開発した戦略弾道弾“炎龍3型”を潜水艦に搭載する実験をすることになった。“炎龍3型”の潜水艦搭載は戦略誘導弾としてその長距離射程を生かし、砲では届かない内陸部までの攻撃が可能なものであることを実証するためであったのだ。潜水艦にとってこの戦略は非常に大事なもので大戦後の活躍の場を開拓するものであった。この分野での日本海軍は大戦中でも“桜花”の開発をしていたため米国のそれよりも進んでおり、“炎龍3型”を搭載する潜水艦として大型の伊-410が選ばれ改造を実施、発射実験は段階を経て順調に進み、昭和28年(1953)には実験を終了し実戦配備が検討された。昭和30年(1955)には炎龍3型4機を搭載する改造に着手、昭和32年には伊-410以下6隻が実戦配備についた。これは伊-400型潜水艦の艦型が大型であったこと元々戦略潜水艦の機能を与えられていたことが大きい。
当然米国でもこの種のミサイルは開発されなかでもヴォード社に発注された巡航ミサイル”レギュラスⅠ型“は1953年ガトー級潜水艦”タニー“に搭載され実験は成功。昭和29年(1954)年から実戦配備となった。この開発競争は後にポラリス型誘導弾で追い抜かれることになる。”レギュラスⅠ型“は昭和32年(1957)に潜水艦”グレイバック・グラウラー“が就役すると本格的に配備された。
図2 伊-400型戦略潜水艦(基本図)
【要 目】
基準排水量3,530㌧ 常備排水量5,223㌧ 潜航時排水量6,560㌧
全長122m × 全幅12ⅿ × 吃水7.02m
機関:艦本式22号ディーゼル×2基 主電動機 × 2基 電池 360基
出力:7,700hp(水上)/2,400hp(水中) 速力18.7㌩(水上)/6.5㌩(水中)
燃料1,550㌧ 航続距離:37,500浬(14㌩時)
昭和16年就航した時の基本図です。詳細・物語については第五刊59項に記してありますので参照して下さい。この大型潜水艦を昭和16年から17年6月までの短期間に20隻を竣工したことがその後の水中高速型(潜高)潜水艦の量産の基本技術となり、潜水艦に飛行機を搭載して運用するという日本だけがやり抜いた戦略構想の実現をしたことになりました。
図3 改造し実験開始時の伊-410 1953年(昭和28年)実験開始時
基本構造は何も変わっていないが、前部晴嵐用のカタパルトは撤去され大型格納筒から“炎龍”が直接引出され、発射盤に固定されて発射実験が行われた。この際対空レーダーが交換された。“炎龍”も実験と同時に改修され、全長は7.7ⅿ 径は1.4ⅿと大型化され、射程も1,100㎞に増加した。なお速度は1,150㎞/時であった。
図4 伊-414潜水艦 ミサイル4基搭載型
【要 目】
基準排水量3,530㌧ 常備排水量5,223㌧ 潜航時排水量6,560㌧
全長122m × 全幅12ⅿ × 吃水7.02m
機関:艦本式22号ディーゼル改(神戸三菱・川崎重工)×2基 主電動機 ×2基 蓄電池 420基
出力:9,500hp(水上)/3,000hp(水中)×2基 速力22.7㌩(水上)/7㌩(水中) 燃料1,450㌧ 航続距離:34,500浬(14㌩時)
改造された艦は伊-410~伊-415の6隻で、“晴嵐”を格納した大型水中格納筒を艦橋とともに撤去し、新たに大型のセイルを設け、その前後左右に1基ずつの耐圧発射管を装備した姿となった。図は発射管が初期のものであり、ロケット発射時の爆風対策が不十分であったが後に改良された。なお発射時には浮上することが条件であった。改造により排水量は若干減ったが艦本式ディーゼル22を川崎重工と神戸三菱が改良した改15型は9,500馬力を発揮、水上速力は22.7㌩、水中は蓄電池・発電機の改良で7㌩とわずかに増速している。艦首は魚雷発射管4基を撤去しそこから下部にかけてソナーを装備し探知力が増している。また、艦橋のレーダー類は水上・対空レーダーとも新型のものに交換されている。しかし搭載する誘導弾がラジオ電波で作動している点は“桜花43型”と同様で最終誘導のため前方に誘導潜水艦を配置する必要があった。結局、誘導弾発射時に浮上するという点とラジオ電波で誘導するという2つの欠点が潜水艦の隠密性を損なうことになり、戦略潜水艦として就役期間の短縮に繋がってしまった。
図5 伊-414 最終時の図
艦首がそっくり取替えられた伊-414である。この改造は本艦だけに行われたもので、次世代用のソナーを搭載するため艦首部を付替えるという大規模な実験と改造が行われた。この後次期戦略潜水艦は涙滴型船体にポラリス型のミサイルを垂直に搭載する形となった。
番外型
水中特殊任務に就いた伊-418の図である。特殊水中部隊は第1次世界大戦のときからイタリアで始まり、第2次大戦では実戦に投入され、いわゆるフロッグマンが秘密裏に前方偵察をするため潜水艦で敵地まで侵入するようになった。海軍も戦中よりこの活動を開始し、自動車まで積めるという伊-400級は大戦末期から改造への要望が多く昭和33年に実施された。事実大型格納筒は中型トラックの搭載まで可能であった。また、この図に示したような小改造を行い伊-400~伊-409は輸送・補給・燃料補充の任務に就き、魚雷の補給はもとより乗務員の交代まで外洋で行う潜水艦として戦略潜水艦の支援にあたった。また、伊-418を含む伊-416~伊-419までの各艦は海洋調査、練習などの任務にあたり昭和40年(1965)くらいまで補助的な任務に就いたのち退役した。