75.巡洋艦(フリゲイト)“能代”級

図1 巡洋艦“能代”

 

   
 1.能代(のしろ) 三菱長崎 昭和39年(1964) 3.19竣工 改造 昭和53年 5月
 2.阿賀野(あがの) 横須賀 昭和39年(1964) 3.22竣工 改造 昭和53年 8月
 3.矢矧(やはぎ) 神戸川崎 昭和39年(1964) 4.07竣工 改造 昭和53年11月
 4.三隈(みくま) 呉工廠 昭和40年(1965) 3.03竣工 改造 昭和54年 3月
 5.大淀(おおよど) 三菱長崎 昭和40年(1965) 4.10竣工 改造 昭和55年 1月
 6.最上(もがみ) 横須賀 昭和40年(1965) 4.27竣工 改造 昭和54年 3月
 7.天龍(てんりゅう) 呉工廠 昭和40年(1965) 4.28竣工 改造 昭和54年 7月
 8.吉野(よしの) 神戸川崎 昭和41年(1966) 3.18竣工 改造 昭和55年 5月
 9.五十鈴(いすず) 横須賀 昭和41年(1966) 3.22竣工 改造 昭和55年10月
10.木曽(きそ) 三菱長崎 昭和41年(1966) 4.05竣工 改造 昭和55年12月

【要 目】
基準排水量5,600㌧   満載排水量 6,700㌧
全長161m  ×  全幅16.3m  吃水4.7m  ソナー底迄6.8m
機関:神戸川崎 蒸気タービン 2基  83,000馬力 速力35㌩
兵装:対空ミサイル翔炎57-B   × 1基(48発)
    8連装対潜ミサイル蒼雷  × 1基(24発)
    63式4連装対艦ミサイル  × 2基
    30式65口径5吋自動砲   × 1基  
    40mm連装機関砲     × 2基(62口径3吋OTT砲に交換予定)
    3連装短魚雷  × 2基      対潜ヘリSH-2 × 1機
    乗員368名 

 昭和39年~41年(1964~1966)計画艦である。戦後初めての巡洋艦の建造になったがミサイル駆逐艦“澤風”級の延長として設計された艦である。当初の本クラスはフリゲイト艦に類別されたが昭和55年に巡洋艦となった。本級からはじめて採用されたマックにより煙突とマストに要する長さを圧縮し、各種兵器の中心線配備を確保し、また大型化する通信機器にも対処することができた。
 ミサイルは対空型と対潜型の2種類のほか対艦用のミサイルを搭載した。対艦ミサイルは“火龍Ⅲ”と呼ばれ“澤風”級に搭載した陸上対艦ミサイルを更に改造したもので射程は180㎞に達する。この対艦ミサイルのランチャーは6連装ではなく4連装発射架台を2基互い違いに組み合わせたものである。
 当時米海軍では対潜兵器としてDASHが盛んに搭載されたが、この兵器は無線操縦のため遠距離(20浬36㎞)での性能低下という問題を抱えており、操縦も難しく事故、損耗が激しいという評価がくだり採用を中止した。代わりに有人ヘリ(SH-2)が搭載された。後に米海軍もDASHの搭載を中止する事になるが予算の無駄使いを未然に防いだ結果となった。計画された時は軽巡洋艦であったため、艦名は“川の名前”となり大戦前期の殊勲艦の軽巡名が復活した。
 本艦建造の後、海軍は太平洋戦争中に竣工した駆逐艦の退役時期が来るという試練に直面する。戦後改造されて生き抜いてきた“潮”級はⅠ,Ⅱ,Ⅲ型合わせて67隻を保有していたが1966年からいよいよ退役が始まった。海軍ではこれに対処するべく安価で将来余地のある艦艇の策定に入ることになった。計画では昭和44年(1969)から10年間に2級50隻を整備することが予定されている。此の艦については別項にてお伝えする。

図2 巡洋艦“阿賀野”


   上図は1978年に装備の近代化を実施した“阿賀野”の図である。40㎜機関砲は撤去されOTTメララの新型3吋自動砲への交換も検討されたが、CIWSファランクス20㎜6連装が完成したとの情報が寄せられたのでこちらを採用することになった。また、前部のターターミサイルがスタンダードに変更され、同時にアスロックにも対応可となったので後部のアスロック発射機を撤去、短SAMシースパロ―発射機に変更された。CIWSと短SAMとの2重防御で対ミサイル防御が完成した。この改造は1980年までに最終艦の“木曾”を含む全艦に実施され本級は90年代前半まで空母部隊の対空戦力として活躍した。